Dead End Adventure
デッドエンドの冒険 02
「……魔導士さん?」
どうしたの、という落ち着いた声音に、私は振り返る。
鼻筋が通った、涼やかな目元。暗闇の中であっても、大人の色香は艶やかで。アラバスタで来ていた衣服も似合っていたが、パンツスタイルな今の服も彼女に似合っている。
「あ、ごめんごめん」
土壁についていた手を払い、小走りになって足をとめたロビンの元へ向かう。
先頭でランタンを持つのはゾロ。続いてサンジ、ウソップ、ルフィ。その後ろにナミ、ロビン、トニーで私だったのだが、つい気がとられてしまって遅れてしまっていた。
「何か気になることでも?」
「うん、最近出来たものじゃないなって。店の付近は比較的柔らかな土壁だったのに、だんだん固くなってる」
追い付いた私にロビンが目元を緩める。その優しさに私も笑顔になる。
言葉は多いほうじゃなく、一歩引いて見守る彼女に私は言葉を重ねる。
「ロビンは冒険、好き?」
「……そうね。考えたこともなかったというのが、答えだと思うわ」
暗躍に暗躍を重ねて来たという彼女は、どこか昔を思い出すように目を細めて言うので、私も答えた。
「実は私も、冒険が好きかと言われると答えられない」
「えっ!?」
隣を歩いていたトニーが驚いたように振り仰ぐが、続ける。
「新しい事を発見し、調査する事は好きだけど――どこか、私は使命に変換しているところがあるから」
考古学者だといったロビンに親近感を覚えたのは、そういうところだと思う。だから、
「だから、今回は一緒に楽しもうね」
「おれも! おれも、仲間にいれてくれ!」
「もちろん、トニーも一緒にがんばろうね」
ロビンも是非! と彼女を誘うと驚き、目を瞬かせたあと、「……ええ」と頷いてくれたので、嬉しくなる。
うんうん、この調子で。
「で、ロビン! 私のことは是非、って呼んでくれると嬉しいな!」
「ええ、考えておくわ――魔導士さん」
「……あう」
何度目かの撃沈を食らった。手ごわい。
またやってるの、というナミの視線が悲しい。うー、なんとか名前呼びにしたい私とロビンの論争は続行中なのである。
むぅーと唇を尖らせている私を見て、ロビンが困ったような笑みを浮かべるのだから、今回は諦める事にした。彼女なりの事情があるのだろうけど、私は諦めるつもりはないのである。
絶対に、名前呼びをしてもらおうと決意を新たにしたところで、店主が言った通り――突き当りへたどり着いた。
――100ベリー硬貨を二枚出せ。それが合言葉だ。
ナミが彼の言った通りに、門番であるらしい仮面の男にコインを提示し、背後の扉が開かれる。
――生き延びろよ。
眩いばかりの光に目を眇めたとき、店主の言葉がよみがえる。
何が待ち構えているのだろうか。土壁から岩壁に変わった通路を抜けると――賑やかな空間が出迎える。
天井に吊るされる蝋燭が煌々と周囲を照らす。随分、お金がかけられている。何階層ともなる洞窟は人で溢れ、酒を片手に談笑している。壁にかかげられる海賊旗の数に圧倒され、熱気溢れる空間に、ルフィ、ウソップ、チョッパーが駆けだした。
「賭けに来たのか? 胴元は上の階だぜ」
私も周囲に視線を回しながら、歩いているとふいに賭けを興じる男に声をかけられた。
「胴元?」
「まさか、レースのほうに出ようっていうのか? やめとけ、やめとけ! 命がいくつあっても足んねぇよ」
赤らんだ男が、新参者に親切心を向けてくれるのはありがたいことなのだが、意味がさっぱりわからない。首を傾げ合う私たちの中ひとり、得心がいったとばかりロビンが口を開く。
「ああ、確かにここだわ。あんまり久しぶりだったから、なかなか思い出せなかったけれど」
「え、なに?」
「ロビン、何か知ってるの?」
視線が集まる中、ロビンは続ける。
「随分前に乗っていた海賊船の船長と来たことがあったわ。不定期だけど、何年かに一度、レースが行われるのよ。海賊の海賊による、なんでもありのデッドエンドレース」
「海賊による?」
「元ね。この町は昔、海賊だった人ばかりだから」
ああ、なるほど。と今度は私が得心した。
下町染みた港町。どこか排他的であり開放的だったわけである。
「毎度、ゴールは違うけれど、スタートはいつもここ。ゴール地点の永久指針を受け取って進むの。ルールは簡単よ、真っ先にゴールした者の勝ち。賞金を受け取れる。途中、何があっても問題にならないわ。そう、何があったとしてもね」
「わかりやすいレースだ」
「この後、どうなるかと同じくらいにな」
きらきらと輝く瞳なルフィを見て、サンジが言った。私も展開が予想できて、くすりと笑みが浮かぶ。
「随分、物騒なレースなのね。まぁ、うちのクルーなら問題ないかな?」
ルフィは出たがってるし、とナミが続けたが、賭けに参加する競争相手を聞いて、前言を撤回するもルフィはやる気である。諫めようとするが、聞く耳もたないルフィにナミの声が荒立っていくのを聞きながら、私は手すりに寄りかかった。
やけに海賊旗がかかげられてるな、と思ったけど。どうやら、賭けの対象ある彼らが自らを主張するために掲げているらしい。確かにレースであるのだ。掛け金を集めるために主張するにはうってつけの場だろう。
「ねぇ、ちなみに賞金っていくら?」
それにしても巨人に魚人に、いろんな人がいっぱいだ。と眺めていると、ロビンの声が聞こえた。そして、
「あ? あー、今年は確か、三億ベリー」
「レース出るわよっ!!」
「おーっ!!」
「おいっ!?」
賞金額を聞いたナミの宣言にルフィが頷き、各々の反応が返った。誰が誰とは言わないがわかりやすい返答に私は笑い声をあげた。
* * *
レースに出ると決まったら、ナミの行動は早かった。参加するために胴元へ会いに行くと階段がある方へ歩き出し、彼女ひとりでは危険だとサンジが同行した。
残ったのは、ルフィ、ウソップ、トニー、ゾロ、私、ロビンである。
レースについてはナミに任したとして、この場でただ待っているというのも味気ない。どうする? と船長であるルフィに指示を仰いだのだが、
「うっへぇー! 見ろよ、あそこ! うっまそーっ!!」
「おい、さっき食べたばっかだろが」
階下から立ち上る食欲を刺激する匂いに夢中のようであった。
「ナミがいねぇしなぁー、金もねぇー」
「なんだ、兄ちゃんら知らねぇのか」
「んあ、何を?」
世話好きなのだろうか、またあの赤らんだ男が話に入ってきた。
「ここの食事はタダだぞ」
「!? まじかっ!!」
「あ、ああ」
喜色満面。というか、目が肉になっていたように思う。
「行くぞ、チョッパー!」
「おうっ!」
トニーを巻き込んで、ルフィが駆けだした。
おい、待てよ! と釣られて走り出すウソップを見て、肩を竦めるゾロ。そんな彼に、私はくすくすと笑い声を零しながら、問うた。
「ゾロはどうする?」
「……おめぇらはどうする」
ちらりと向けられた視線。ロビンへ移ると一瞬、鋭くなったが私は気づかないふりをした。
「ナミたちをここで待ってるよ。これだけ広いと離れ離れになるのは避けたい」
ルフィが目指したのは、この場所から見下ろせる食事場である。何かあったとしても視認できる。
私が込めた意味を理解したのか、ゾロは雑に手を上げてルフィたちの後を追いかけて行った。
「あ」
のだが、何故か彼はルフィたちとは逆な方向へ逸れた。なんで、方向感覚が未知数なのだろうか。謎である。
ロビンも気が付いたらしく、くすくすと笑う。
幸いなことにウソップが気がつき、ゾロを引っ張っていく。からかうルフィにゾロが何か怒鳴り返している。いつもの姿に安堵を浮かべ、
「あそこのカウンターで飲み物をもらってくるけど、何がいい?」
「そうね、紅茶をもらおうかしら」
私とロビンは食後のティータイムをすることにした。