High Jump !!
砂塵の果てに降る、雨 11
カトレアはオアシスを中心にして栄えた町であった。生命の源である水が貴重である砂漠地域としては当然な成り立ちである。
砂壁なのだろう、白い壁が目に眩しい。陽光に照らされ、目が眩むのを塞ぐ為なのだろうか、どの家にも色彩鮮やかな布が掛けられていた。露店が並ぶ通りには、日よけのためか大きく布が外壁から外壁へ吊るされていて暑さを凌いでくれている。
異国情緒というのだろうか。見慣れぬ光景に目を細めながら、はカトレアを闊歩する。人通りが多い露店を抜け、テントが立ち並ぶ場所へ向かう。遮光の為だけでない布はどこか、人目を忍ぶようだ。
所狭しと積み上げられた積み荷。馬のいななきと人々の息遣いは、どこか緊張を孕んでいた。
は集まる彼らを見やる。
荒くれ者と言われれば、そうだろう。だけれども全てが全てではない。
反乱軍に入りたいという子供が叫んでいる。彼のように、ほとんどの反乱軍はアラバスタの国民なのだ。手に武器を持つ事などないはずの民が、反乱に加わっての新聞の記事なのだろうとは判断した。
「…………国王もやり切れないだろうね」
反乱軍をまとめる中心人物は力がある若者である。反乱軍も国民なのだ。そして彼らを支援するのも国民では、国王軍もやり辛い限りだろう。
そういえば、カルーは無事、アラバスタへ到着したのだろうか?
ビビの父親である国王は真実を知って、どういう行動を起こすのだろうか?
気になるががしなければならない事は反乱軍の説得である。反乱軍のリーダーであるらしい彼を観察しながら、は反乱軍の本拠地へ足を踏み入れた。
リーダーであるらしい、コーザは左の額から頬にかけて傷がある男だった。
反乱軍本部のテントは大きくて、数十人入っても余裕があった。広いテントの中央に大きなテーブルがあり、地図があった。地図の上には駒と共に何か文字が書かれている。アラバスタ特有な文字なのだろうか、字崩れがありには読めないが、数字から推測するに反乱軍の支部を示しているのだろう。
ふむふむとも地図を覗き込み、その横にはコーザが立ち、作戦会議が行われる。
乱を起こす、と一言でいっても人数がいればいいだけではない。武器、移動する手段である馬、また士気を下げない為の衣食住。必要な事項は多大なのである。数日は開戦に至らないか、と考えていたのだが、話の雲行きが怪しい。
……残念な事に武器が整い次第、アルバーナへ総攻撃をかけると宣言されてしまった。
は項垂れた。この流れは危ない。
彼らは知らない。仕組まれた反乱だという事に。
B・Wの手のひらで踊らされている彼らが、武器を手にしたら奮起するということは――既に、武器の準備は整っているのだ。
B・Wは何らかの手段で必ず、反乱軍に武器を手にするように仕向ける。それは今日か、明日か。猶予は残り少ない事がわかってしまった。
……もうすこし、人を限らせたかったんだけど仕方がないな。
はテント内にいる人数を把握し、魔法を解いた。
「……!? 誰だっ!?」
「なっ!? いつからそこにっ!?」
唐突に現れたに視線が集まる。戦闘態勢になる彼らに敵意はない事を示す為に手を広げ、
「突然の訪問で、怪しいのは十分に承知していますがどうかご容赦をお願いします」
頭をコーザに下げる。そして、見上げた。
「はじめまして、リーダーのコーザさんでよろしいでしょうか?」
「………………」
サングラスの奥から鋭い視線がを貫く。それはそうだろう、アジトのど真ん中。コーザの真横に見知らぬ少女が突如、現れたら警戒するのは当然だ。
誰もが武器を構えた。だが、攻撃に出る者はいなかった。
リーダーを見上げているのは小柄な少女である。真っ白なマントを頭から被り、その顔は見えない。だが、声音は柔らかく敵意は感じられない。
場違いな態度ではあるが、敵ではないらしい。だが、侵入者である。逡巡した結果、判断はリーダーであるコーザへ委ねられた。
「……ああ、おれがリーダーだ」
「驚かせてしまってすみません。どうしても人目を避けたかったので、このような手段になってしまいました」
もう一度、は頭を下げてから懐から手紙を取り出した。
「リーダーである、あなたに――ビビからの手紙です」
「――ッ!? ビビだとっ!?」
「王女がっ!?」
爆発するかのような空気が場を揺らす。
あ、まずい。とは感じた。目の前の彼は大丈夫。純粋な驚き。ビビという名に対して、忌避感がない。それどころか、回顧に揺れる瞳はビビを案じていた。だが、背後で騒めき驚いた中に、に対して敵意を抱いた者がいる。
殺気を感じとって、は身構えた。いつでも戦闘できるように。
は荒事に慣れていた。無鉄砲だと言われる所以なのだが、彼女の中では合理的な判断に基づいている。
みんなには無茶に見える行動でも、にとっては道理に沿っている。魔法の所為で偏執されてしまうが、出来る事を行なっているに過ぎない。
例を挙げるとすると、はカトレアに着いてから“インビジブル(認識阻害の魔法)”を使用していた。B・Wか海軍か、どちらかに接触して騒ぎになる事を考慮したのだ。無計画という訳でもなく、魔法を解くタイミングも誰が見ているか、わからない外ではなく、幹部のみが集まった部屋で出現したのだから思慮したといえる。
単身、反乱軍に侵入する事は確かに無謀だろう。だが、にとってそれはリスクではない。魔法という力がある故に無茶ではなく現実可能な有意の行動となるのだ。
魔導士という職業ゆえかの生来ゆえか、逆境である事が常であった。
魔法という“力”は、人知を超えた力である。人知を超えた現象を起こす魔法という手段に迎え撃つには、対抗手段を瞬時に見極める事が重要となる。故には周囲から無茶だと言われても何が無茶なのかが、理解できないでいた。
ナミが指摘していたように危機感がないように見えるのも、当然。は危機が常だと認識し、身に置くことに慣れすぎていた。
「……ヒビからの、手紙」
「はい、どうか反乱を起こす事をやめて欲しいのです」
真っすぐにコーザを見上げて、手紙を渡す。
――早く受け取って、中身を見て。はやくっ!!
表面上は穏やかに。だが、内心では焦っていた。
妖精の尻尾で活動していたである。若輩者に見られるが、場数はそれなりにある。逆境の中で突き進んできたのだ。
培ってきたその勘が、に告げる――説得は失敗する。
「王女からの手紙!? なんで、お前なんかが持ってんだよ!?」
偽物なんじゃねぇのか!? と男が叫んだ。この声に誘導されて、場の空気が一変する。
手紙を受け取ったが、じっとを見るコーザの視線も鋭くなる。
当然な疑問である。だが、どう言ったものか。
は海賊である。海賊と一国の王女とが仲間と言っていいものだろうか?
さすがに世情に疎いといえるでも躊躇した。だが、その間が不信を呼ぶ。
「姿を現さない王女が今更、何を? 反乱をやめてほしい? 現実を知らない、甘ちゃんがっ!!」
「おいっ!!」
「なんだよ!? 事実じゃねぇか!!」
二年前の立志式は延期となった。理由は知らない。だからこそ、姿を現さない王女への不審がある。すべては王国へと不信となった。
「……ビビは現実を見据えているよ。ずっと、国民を想って行動してきた」
は憤る男と男を宥めようとしている仲間のもとへ、足を向けた。
「自分を傷つく事を厭わず、ずっと国民が苦しんでいるのを憂いていた」
「……な、なんだよ」
ゆっくりと男へと近づき、ビビへ不審がある男を見上げた。
「ビビは貴方も傷ついて欲しくないの」
真っすぐ見据える氷結の瞳に男は「は?」と間抜けな顔で返す。
「おれは反乱軍だぞ」
「関係ないよ」
は笑う。場にそぐわない柔らかな声音が響く。
「ビビはね、この戦いで誰も死なないで欲しいと思ってるんだ」
「ハッ! とんだ甘ちゃんだな」
鼻で笑う男に、も同感だと頷く。
「そうなの、誰一人として傷ついて欲しくないと、自分は傷ついても走り続けているの――だから、お願いに来ました」
は男だけでなく、集まっている人々に対して頭を下げた。
「お願いします。反乱をやめてください」
頭を下げ続ける。
無防備にも身を晒す事に、警笛が鳴る。危ない行為だと勘が訴えるが、従うわけにはいかない。何がなんでも反乱軍を説得しないといけないのだ。
は踏ん張った。突き刺さる敵意に身を差し出す。
「~~ッ!! 反乱をやめる!? 何をいってぇやがる!!」
今更この戦いをやめろっていうのか!? 無理だっ!! とばかり、男が顔を凶悪に歪ませた。
「雨を奪った国王のせいで、何人死んだと思うんだ!? オアシスが枯れて、故郷を捨てなきゃならなかった奴がどれだけいたとっ!?」
抑圧されていた感情が爆発した。彼らにとっては全て国が悪いのだ。どうして、なんで助けてくれないのだという不満は全て国王に向かった。だけど、違うのだ。
「ただの内乱じゃねぇんだ! 王女の気まぐれでなんかで、とやかく――」
「気まぐれなんかじゃないっ!!」
違う。彼らが憤る先は国ではなくて。
「仕組まれた戦いなのっ! 全ては――」
は耐えきれなく、頭を上げた。その瞬間、
「顔も見せねぇ奴の言葉なんて、聞けるかっ!!」
男の手がフードにかかる。
払われる白い外套はふわりとはためき、白銀の豊かな髪が現れた。
「――っ!?」
「テメェ、まさかっ!?」
どこか幼さを残した少女の顔立ちが露わになる。
大人たちに囲まれても背筋を伸ばす姿。人前に立つ事に慣れた少女はどこか気品があり、威厳があった。
歪な体現に時が止まった。なにより、少女の正体に誰もが息を飲んだ。
「奇術師っ!!」
膨れ上がった殺気は一線を画する。警戒しながらも対話可能だった空気が霧散する。
「今度は何を企んでやがるっ!?」
「またおれたちを騙すつもりなんだろ!?」
は戸惑った。ここから本番、B・Wについて内乱の真実を明かそうとしていたというのに、どういうことだろうか?
「えと、だから、内乱をやめてほしい、と」
「何を言ってやがるっ!? 全ての発端はおめぇじゃねぇか!!」
「!?」
形勢逆転とばかり、は詰め寄られる。場を支配していた少女はいない。当惑して、周囲を見る事しかできない。
アジトであるテントの中、は反乱軍に囲まれて逃げる場所はない。
「ダンスパウダーを持ち込んだのはテメェだろがっ!!」
「国王と共謀して、雨を奪ったのを忘れたとはいわせねぇぞ!!」
「――!?」
虚を突かれた。の思考は一瞬、停止した。それがいけなかった。
怒りにかられた男の刃が振り下ろされる。咄嗟に避けるものの、足がもつれる。刃は避けられたものの、地面に倒れてしまった。
――奇術師さん、何したの!?
すっごく怒りを買ってるようなんですけど! と不満をぶつけたいが相手はいない。
今更、奇術師とは別人です。と言える状況ではない。としては海賊であると言えない次点で、正体を明かせないのだから。
「……何を企んでいるかは知らないが、おれたちは戦いをやめない」
「コーザさん!?」
静観していたコーザが口を開いた。その手にあった手紙は封を切られていない。
「国が戦いを望んでいる――おれたちは答えを知らなきゃいけねぇんだ」
だから、とコーザは手紙をかかげ、
「奇術師の思惑には二度と惑わされない」
破かれた。
二片の紙が躍る。
散る手紙が希望に見えて、は視線を落とした。
「コーザさん、奇術師をどうします」
「捕えておけ」
倒れるを抑え込んでいた男の声が降って来た。